かな誕生
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余白とは、空間にリズムを感じることであり、何もないところに周囲とは違う熱量を感じ、想像力が刺激される空間のことです。
日本文化の特徴の一つがこの余白・余情の美学です。これは「描きつくさない」ことで描かれた以上のものを創造させる表現力のことです。
こうした表現力を培うことができのは日本語の字体が大きく貢献していると思います。日本語を表記する場合、中国から伝来した漢字、その漢字の扁・旁をアレンジしたカタカナ、漢字を草書化してつくったひらがな、そして現代では欧文もそのまま文章中に入れるなど多重書体を使います。
石川九楊さんは、この性格を持った日本語を二重言語と呼びますが、文字自体が意味を持っている漢字と、文字が連なることで意味が生じるひらがな・カタカナによって形の上でも内容の上でも文章にメリハリがつき、リズミカルになります。それは、繊細な表現に繫がりやすいと思います。
短歌などの書き方も、コンクリート・ポエトリィの先取りのようなさみだれ風の散らし書きなど、文章の書き出しが上がったり下がったり浮遊します。そのリズムがドラマを生み、周囲の空間も取り込んでいき、余白が余情となるのです。
日本では古代から中国文化を最高のものとして吸収しようとしてきました。それがひと通り身についたところで、そろそろ中国文化から脱して日本独自の文化をつくりたい欲求が芽生えます。官僚制も整い、統治者側に余裕がでてきたということもあったでしょう。仮名(ひらがな・カタカナ)はこのころ生まれました。仮名こそ国風文化の代表であるとともに、余白の美学を形づくった重要なエレメントでもありました。
仮名誕生までの歴史をざっと記しますと、まず、中国から伝来した漢字を漢文で表現していましたが、日本語と合わないところが多く、不便でしたので、漢文の語順を日本式にしました。中国語は英語などと同じように動詞が主語の次にきますが、日本語では動詞が文末にきます。こうしてできたのが漢式和文です。
次に、漢字を音だけ借りて万葉仮名をつくりました。文字の並びは日本語の語順です。万葉仮名はここからカタカナ方向とひらがな方向に分かれます。
まず、カタカナは、漢文を日本語のように読めるように訓点などをつけるようになり、意味を補う補助言語として万葉仮名が右下に小さく入れられるようになりました。この万葉仮名は、小さく書きあらわさなければならなかったので扁・旁だけで代用するようになりました。これが省画体です。仏教徒が厖大な仏典の書写を行っていくうちに省画体がカタカナになっていきます。
ひらがなは、万葉仮名が崩された草仮名ができ、その草仮名をもっとくずして形を整えたのがひらがなですが、草仮名とひらがなの間には大きな飛躍があります。当時の正式文書は漢文でしたので、正式でない文書、和歌や日記に、崩された万葉仮名が使われ、特に(正式文書作成に関与できない)女性たちの間で広まっていき、男性も女性とつきあうために使うなど、漢文派の男性もひらがなが持つ優しいイメージの魅力に徐々に取り込まれていきます。